愛語の力

皆様は『愛語』という言葉をお聞きになられたことはありますか。
愛情の「愛」に、国語の「語」と書いて、愛語と読みます。
《愛情に満ちた思いやりの言葉》という意味です。

数年前に、あるお檀家さん夫婦と話をしました。ご主人の方はお酒が大好きで、
特にワイワイガヤガヤと賑やかに呑むのが好きなのだそうです。
奥様がおっしゃるには「気が短いし、わがままなんですよ。だけど何故か人の面倒見はいいんですよね。
いろんな人に愛情を注いでいるって感じかしら」との事。
自宅に人を呼んでもてなしては、お客さんが喜んでいる姿を見て、
何よりも本人が嬉しそうにしておられたとの事でした。
年齢や立場や、気が合う合わないにかかわらず、いろんな人たちを招き入れておられたそうです。
そしていつの間にか、多くの人から慕われるようになり、
周囲から一目置かれる存在となっておられました。

曹洞宗の開祖で、ご本山の永平寺を開かれた道元禅師さまのお言葉に、
『愛語よく廻天の力あり』というものがあります。
愛語とは、先に申し上げましたとおり、《愛情に満ちた思いやりの言葉》ということです。
廻天とは、天を廻ると書いて、天地をひっくり返すと言うような意味です。
つまり、“愛情に満ちた言葉を掛け続けると、人の気持ちはやがて変わっていく”と言うことです。
トゲトゲしい気持ちだった人が、穏やかな気持ちの人に変わっていったり、暗く沈んでいた人が、
徐々に明るさを取り戻していくなど、愛語によって人の気持ちが
最初とは反対の良き方向に変わっていくことを言います。

新型コロナウイルスによる感染が流行して、早や2年が過ぎました。
他人に対する感染対策の過度な監視の風潮も、当初ほどではないにせよ、
未だに残っています。もちろん感染対策は大切です。
しかし「少しの失敗も許さない」という雰囲気は決して良いとは思いません。
現に、感染した人たちの多くは何の落ち度も無かった方々であり、
予想だにしない形で感染してしまったのです。
そこで登場するのが、先程申し上げた『愛語』です。
ではどのように声掛けをすれば愛語、
すなわち“愛情に満ちた思いやりの言葉”となるのでしょうか。
答えは簡単です。相手が幼い子供だと思って、言葉を選んで声を掛けてあげれば、
それは必ず“愛情に満ちた思いやりの言葉”となるのです。
そしてそれが、全ての争いごとを解決する根本となるはずです。

冒頭でお話ししたお酒好きの御主人は、先日亡くなられました。
お通夜やお葬儀には多種多様な方々が大勢お悔やみにいらっしゃいました。
あらためて「多くの人たちから慕われておられたのだな」としみじみ感じたことでした。
後日、奥様から伺ったことですが、お悔やみに来て下さった人達の中には、
最初はあまり仲が良くなかったという人もたくさんいたそうです。
それが、こうしてわざわざお別れに来て下さるような間柄になれたのは、
ご主人が、“相手を思いやる言葉”を使い続けた結果のような気が致します。
『愛語よく廻天の力あり』とはまさにこれを言うのではないでしょうか。

皆様方も『愛語』の力を試してみませんか。あなた自身の、人としての魅力が増す事でしょう。