同じ寒さ
修証義というお経の中に「同事」という御教えがございます。
同じに事と書き、人と向き合うとき、自分勝手な考えを押し付けるのではなく、相手と同じ立場に立って考え、話し合い、行動をすることの大切さが説かれております。
私も少し前この「同事」の大切さを、身を以て体験する機会がありました。
今年の3月に青年会の行事の東日本大震災慰霊法要で福島県のお寺に初めて参りました。そこでは毎年、境内にある納経塔の前で法要を行っております。
3月で春も近づいているとはいえ気温は10度以下、冷たい風も吹く中でその法要に参加をいたしました。九州で育った私にはとても厳しい寒さでございます。
法要が始まると更に風も強くなり、寒さで体が凍える中、懸命にお経を唱えておりました。法要に参列された方はスーツの上に防寒具を着て静かに座っておりましたが、焼香の際にはわざわざ防寒具を脱ぎ、心を込めて焼香されている姿が、震災で犠牲となった方々への追悼の想いを強く感じ、印象に残っております。
法要の後、当時の事を語る和尚様のお話をお聞きする時間がありました。
13年前に震災が起き、現地の方々は今私が感じている寒さを感じながら避難をされていたこと、避難をした先でも充分に体を温める事もできず、さらにいつ来るかもわからない余震に怯えながら避難所で身を寄せ合っていたこと、必死な思いで今を懸命に生きている姿を想うことができました
厳しい寒さの中での法要に参加し、私は初めてその当時の避難されていた方々のとてつもない苦しみを、ほんの少しだけではありますが感じることができました。
それでも私が感じたのは厳しい寒さのみです。何度も来る余震への恐怖や、家族の安否、いつまで避難が続くのかへの不安など、私にはそのとてつもない苦しみを同じ立場に立って理解することはもちろんできません。どれだけ努力をして想像しようとも同じ立場に立つことは到底できないのでしょう。
だからといって諦めてしまうのではなく、自ら進んでその苦しんでいる方々に近づいて行く、なにか一つだけでもその苦しみを理解できるよう寄り添って行くことが大切なのだと感じました。
震災に限らず今困っている方は私達の周りに沢山いらっしゃいます。その方の気持ちを理解できるよう全力で寄り添っていく。自分の目線だけにとらわれず、多くの見方ができるよう、心がけて参りましょう。