彼岸を目指して
令和六年一月一日、能登半島を大きな地震が襲いました。元旦に起った大災害に驚かれた方も多かったのではないでしょうか。災害のニュースを見た私は、何かお手伝いができないだろうかと考えて、僧侶の仲間たちに声を掛け、熊本市中心部で托鉢行を行うことにしました。早速、「能登半島地震復興支援托鉢」の大きな旗を掲げ、「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」とお唱えしながら、ゆっくりとアーケード街を歩き、托鉢を行いました。私たちは、被災者の方々と共に歩むという思いを込めてお唱えしています。
皆さんご存知のとおり、この文言は般若心経の最後に出てくる真言です。中国でインドの言葉から翻訳する際、意味を翻訳するのではなく、「ガテー ガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー」というインドの言葉に漢字を音写した部分です。古来よりこの言葉をお唱えすることに功徳がある、と考えられている部分です。
では、この真言には、どのような意味が秘められているのでしょうか。東京大学名誉教授の故・中村元先生によりますと、「往ける者よ 往ける者よ 彼岸に往ける者よ 彼岸に全く往ける者よ さとりよ 幸あれ」と翻訳することができるそうです。往くとは、彼岸を目指して向かう、ということです。
彼岸とは、悩み苦しみのない悟りの世界です。何やら遠くにある別世界のようですが、そうではありません。私たち仏教徒は、お釈迦さまの教えを学び行っていくことで、悩み苦しみの多い世界(此岸)を悟りの世界(彼岸)へと変えていくのです。その為には、自分の欲を優先する自分勝手な生き方では、悩み苦しみが増えるばかりです。皆さんと一緒に心安らかに生きていくには、互いの苦しみに寄り添い、共に手を携えて生きていくことが大切なのです。
これまでの人生の歩みの中で、苦しかったことはない、悩みもなかった、という方はいらっしゃらないと思います。それぞれに悩み苦しみを抱えています。ですから、私たちは、他の人の悩み苦しみに気づくことができるし、寄り添うことができるのです。私たちは、全ての命を大切に尊重し、助け合いながら、一緒に悩み苦しみの多い世界(此岸)を悟りの世界(彼岸)へと変えてまいりましょう。