『果蔬涅槃図』
二月の十五日は、お釈迦様が亡くなられ、般涅槃に入られた故事を偲ぶ、涅槃会の法要が彼方此方のお寺でつとめられます。涅槃会では、いつも皆さんがお参りされるお寺の本堂に、お釈迦様が息を引き取られる間際の様子を絵に描いた「涅槃図」が飾られるているのを目にされる機会があるのではないでしょうか。
先般、私も大変珍しい涅槃図を目にするご縁を頂きました。それは、『果蔬涅槃図』と呼ばれるもので、お釈迦様の入滅を描く涅槃図を、果蔬(野菜と果物)によって表現したものです。
画面中央のお釈迦様は、伏せた籠の上に置かれた大きな二股の大根によってあらわされています。
時ならずして咲いたと伝わる8本の沙羅双樹はトウモロコシの林に。
またお釈迦様の死を悲しむ菩薩様や羅漢様は蕪や南瓜に。
弔いに集まった在家の御弟子さんや動物たちまで、瓜や里芋と言った種々の野菜や果物によって表現されています。
涅槃図に必ずと言って良い程描かれている、お釈迦様が遺品として遺された錫杖と鉢を入れた包みが沙羅双樹に提げられている様子も、丸い果物によってあらわされています。
この涅槃図を描いたのは伊藤若冲(1716~1800)という江戸時代に京都で活躍した有名な画描きさんです。
同じく京都で活躍した方で、九州は肥前の国、佐賀出身で煎茶道中興の祖と評される禅僧でもある、売茶翁(ばいさおう)と深い親交があったという事が、近年テレビドラマなどのメディアでも盛んに取り上げられました。
昨年、佐賀県立美術館にて「売茶翁と若冲」という売茶翁生誕三百五十年の特別展が催され、この伊藤若冲の大作『果蔬涅槃図』の実物を拝見するご縁に恵まれました。
伊藤若冲という方は、今日も有名な、京都錦小路の青物問屋主人でもあったそうです。
日々親しく接したものの特徴をよくとらえた巧みな描写で、様々な濃度の墨を使い分け、墨のにじみやかすれといった技法を駆使して描かれている野菜や果物は60種以上にもなるそうです。
まるで新たな生命を吹き込まれたかのようで、もの言わぬ野菜たちが本当に悲しみに暮れているようでした。解説には安永8年(1779)の母の死に影響を受けた作品とありました。早くに父を亡くし、二人の弟にも先立たれているそうで。本作には、亡くなった家族への冥福を祈り、あわせて家業の繁栄をも願う想いが込められているのだそうです。それでいて、どこか心がホッコリと温まるようなユーモア溢れる筆致に大変感動致しました。
普段、当たり前のように食材として接している野菜も、きっとご縁でひと繋がりの命。そのような視点で、今一度見つめ直してみると、私達が毎日頂くお食事は、お肉であれ、お魚であれ、そしてお野菜であれ、食材のお葬式。成仏して頂く儀式と言えるかもしれません。この『果蔬涅槃図』は、やがては皆共に成仏をと願う、慈しみの眼差しを感じる作品に思えてなりません。

