怒りを光に

3月になり、だんだんと温かくなり過ごしやすい季節になってきましたね。3月には仏教徒にとって大事な期間であるお彼岸という期間があります。お彼岸にはお寺参りに行ったり、御仏壇やお墓で御先祖様に手を合わせたりするかと思われます。その他にもお悟りの世界である彼岸を目指す為、仏様のようになる為、日々どのように歩んでいけばよいのかを改めて考え直していこうという期間でもあります。

 

仏教には仏戒という仏様との様々な誓い、約束があります。仏戒というとなんだか絶対にしてはならないという禁止のような厳しいもののように感じると思いますが、できるだけしないようにしていこうという前向きなものであります。その仏戒の中に怒りで自分を見失ってはならない「不瞋恚戒」という仏戒があります。先程も言いましたように単に怒ってはならないというものではないのです。私達は人間ですからどうしても日々の生活の中で大なり小なり怒りを抱いてしまう事はあります。急いで準備している時に棚の角に足をぶつけイライラしたり、車を運転していて渋滞にはまってイライラしたり。ここで大事なのは、怒りを感じた時に外に出さず、「今、怒っているな」と自分自身で気づく事です。つまり怒りのコントロールですね。

先日、新幹線の到着を待つ行列に並んでいた所、私の前に3人組がすっと入り込んできました。行列がくねくねしていたせいもあるのかもしれません。私は疲れていたせいもあり席に座りたいという思いから「何、割り込んできているんだ。」と沸々と怒りがこみ上げてくるのが分かりました。息も荒くなり、一言言おうと思ったその時、新幹線が到着し私達は順番に中に入っていきました。私の前でちょうど席はいっぱいになり、座ることができず立って乗る事になりました。「あー、あの割り込みがなければ座れたのに。」そう思ってふと窓の方に目線を移すと目が吊り上がり、まるで鬼のような表情の自分が映し出されていました。「うわ、なんて顔なんだ。」新幹線が次の駅に着き、1席空き、座ろうか迷っていると私の横に立っていた青年が「どうぞ、座ってください。」と言ってきました。青年も座ることができず大なり小なり怒りの感情があったはずなのに。まるで仏様のように見え、私の中から怒りの感情は消えていました。

曹洞宗を日本へ伝えた道元禅師様は、怒りとは自分を成長させるきっかけであると表現されています。まるで厚い雲の間から差し込む明るい光のようだと。この光に気づき、自分をコントロールすることで自らも成長していけるし、この青年のように周りの人に気遣いまでできるとさらに良いですね。現在、世界で起こっている紛争、お互いが怒りに任せお互いに攻撃し傷つけあう。「不瞋恚戒」怒りで自分を見失わない。怒りに気づき、コントロールしていく。怒りを光に変え、日々精進して参りましょう。