鼻からすいか
仏教の教えに「放下著 ほうげじゃく」という言葉があります。
お釈迦様は人生の苦しみの根源は執着によるものだと説かれています。
そうしたものを捨て去ることができれば心は自由になり、幸せに生きることができるというものです。
しかし我々は人にも物にも執着し、とらわれてしまい苦しみます。
私自身、執着から離れる、執着を捨てるということがどれほど大切なことかわかりませんでした。
以前、子供が産まれる前に出産について妻とこんな話をしました。
「出産の痛みは鼻からすいかが出るようなものだ」
誰が言い始めた言葉かは特定されませんが、聞いたことがあるという方は少なくないのではないでしょうか。
男性はこうした痛みには耐えられず、女性はその痛みに耐えることができるから女性の方が強いと言われる方もおられます。
確かにそうかもと思いました。
もし鼻からすいかを出すようなことをしたら私は泣き叫んで拒絶するかもしれません。
さらに驚いたことに、そのような苦しみがあると知りながら2人目、3人目、さらにというように出産をされる方もおられます。
出産とは苦しみや痛みに耐え命がけで子供を産み、子供は命がけで外に出てくる。
なんと尊いことでありましょうか。そして生まれてからも苦しみがある世界に生まれる。
何故、生まれてくるのだろうかと考えたことはありませんか。
生きていく中で自分の考えに振り回されたり、周りのものに振り回されたりと心穏やかに過ごすことは難しいものであります。
その後、妻は出産を終え半年の時が過ぎたある日、出産についてまた話すことがありました。
そんな折、妻の言葉でお釈迦様がお生まれになられた時のことが頭に浮かびました。
お釈迦様はお生まれになられてから、7歩進まれ、右手は天に左手は地を指さし「天上天下唯我独尊」と仰られたというのは有名な逸話であります。
「天上天下唯我独尊」とはこの世には生まれた私という存在は尊いものである。と同時にこの世に生まれたあなたも尊い存在なのだと。
そこには上下はなく生きとし生けるものは等しく尊いものであると。

