『祖父の残した姿』

「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう、『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』と」

これは大パリニッバーナ経に記されたお釈迦さまの最後のことばです。

私事でございますが、先日、四月二十三日は祖父の祥月命日でした。お仏壇に祖父が好きだった日本酒とクリームパンをお供えして手を合わせました。静かに祖父と向き合いますと、何年経っても忘れることができない祖父の残した最後の姿を嚙み締めるのです。

祖父は、肝臓ガンを患い、その亡くなる直前には、熊本市内にあるホスピスに転院しました。祖父は自分がもう長くはないことを知っていて、会いたい人に連絡をとったり、好きなものを食べたりして、ゆっくりと最後の時間を過ごしていました。そして祖父が息を引き取る時、私はずっと枕元にいました。担当して頂いた医師は、死亡を確認すると、私に祖父との思い出話をしてくれました。その階にいた看護婦さんも次々に枕元にきて、祖父との思い出を語ってくれました。その中の看護婦さんの一人が、祖父の生前の姿として、「私たちが病室から出るときにはいつも『ありがとう』と手を合わせてくれました」と話してくれました。

短い言葉でしたが、その時聞いた看護婦さんの思い出話は、今でも私の中に残っています。相手の行為に報いる「ありがとう」という報恩感謝の気持ちを私たちは忘れてはいけないのです。そのことを学ばせてもらった看護婦さんの言葉であり、祖父の残した姿でした。祖父にはまだまだ及ばないかもしれませんが、私が日々大切に心がけている祖父の教えです。

皆さまの中にも、これまで出会った方々のお姿から学んだことがたくさんあると思います。その一つ一つが大切な教えです。また、仏教徒としてお釈迦さまの教えを学んでいることと思います。次に大切なのは学んだことを日々行っていくことです。私たちは多くを学び、自分の中に取り入れて、日々行っていくことで、心穏やかな生き方を歩んでいきたいものです。