グリーン・プラン運動
私は福岡県北九州市にある「響灘ビオトープ」という場所を、研修の一環として訪れました。ビオトープとは、多くの生き物たちが暮らす場所という意味です。海岸沿いの埋め立て地にある草原の広さに驚かされました。広さが四一ヘクタールあり、福岡が誇るドーム球場六個分の広さがあるそうです。
説明によりますと、この埋め立て地の造成に使われたのは、家庭などから出るゴミを焼却した後の灰、もちろん環境基準をクリアしていますが、廃棄物だったそうです。つまりそこは廃棄物処分場だったのです。
この処分場は満杯になった後、四方に高い壁が設置され、そのまま三〇年間放置されていました。その長い時間の中で処分場は自然に変化をしていきました。でこぼこの地面に降った雨水がたまり、池ができました。鳥や風が色々な植物の種を運んできて、草原が出来あがりました。その草原に昆虫も生息するようになり、今度は昆虫を捕まえる小鳥たちが集まってきました。今、この場所では、絶滅危惧種に指定されている珍しい種類の昆虫や鳥も見ることができます。
係の方が、説明の最後におっしゃっていました。「一度失った種は取り戻せない。私達も生き物の一種なんです。」その言葉が私の心から離れませんでした。
「修証義」の中に次の一節がございます。
「身巳(すで)に私(わたくし)に非ず、命は光陰に移されて暫(しばら)くも停(とど)め難し、紅顔(こうがん)いずくへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡(しょうせき)なし、熟(つらつら)観ずる所に往事の再び逢(お)うべからざる多し」
この身体は自分の思い通りにはならない。命は過ぎゆく時間のなかでわずかな時間であっても留めることは難しい。活き活きとした若い頃の顔もどこかに行ってしまって、面影はもうない。じっくり観察しても過ぎ去った時間に再びあうことはない、と道元禅師さまはお示しになっておられます。
私達の身体が自分の思い通りにならないように、自然環境も生き物たちもまた思い通りにはならないのです。同じ状態でとどまることなく、常に変化をしているのです。私達は、かつて高度成長期と言われた時代、経済活動を優先するあまり、自然環境を破壊し、むやみに生き物たちの命を奪ってしまいました。失われた自然環境、絶滅してしまった生き物たちは、もう二度と戻ってこないのです。
現在、曹洞宗では、「グリーン・プラン」運動を継続して取り組んでいます。これは、私達は、自らが大自然とひとつであることを深く自覚し、未来の地球の姿を思い、自らの快適さのみを求めない心で環境に配慮した生活をいたします、という運動です。具体的に申せば、生活の中でゴミを減らす、紙やペットボトルをリサイクルをするなど、毎日の生活の中で、今、自分にできることを行ってまいりましょう、ということです。自分のいる場所で、できることをする、そして続けていく。一人一人が心掛け、共に支え合い助け合いながら環境に配慮した生活を実践してまいりましょう。

