「心のアルバム」

今年も雨の続く梅雨の時期となりました。私は雨が降ると毎回何も良い事ないなと憂鬱な気持ちになります。そんな私の思いを尻目に子供たちは雨が降ると傘を差し長靴を履き、パシャパシャと楽しそうに水たまりに入って遊ぶのです。同じ様に春の草花や緑の広がる景色を見て綺麗だなと感じる一方で一日一日伸びていく草を鬱陶しいなと思う。夏になれば海や山で遊ぶぞと出かける方、暑いし虫が沢山出るから嫌だという方。

様々なご縁と出会いながら私たちは、その都度自分なりの受け止め方をしながら一日一日を生きていると言えるでしょう。

この様々なご縁のことを『縁りて起こると書いて縁起』と申します。縁りて起こるとは、縁によってこれが起こる、逆にこれ滅すればこれ滅する結果になる。いうみ教えです。

様々な出来事には必ず原因とそこに作用する理由があって結果へと繋がっていく

「私たちも一人では生きていく事もここに存在する事すらもできません。多くの人や物事にその命を頂いてその思いを頂いて、今この時を生かされているその日々の中でどの様に縁を受け止めていくのか」

今この時に何を見て何を感じ考えて、どの様に日々を過ごして行くのか。

 

その大切さを改めて考えさせられる出来事がございました。

これはあるお檀家様との出来事です。

このお檀家様は娘さんを若くして亡くされていました。四十九日が過ぎて、一周忌が過ぎて。三回忌が過ぎてその日も毎月の月命日のご供養に伺いました。

毎月と同じ様にご供養のお勤めをしながらその日は何かが違うような気がしました。ご供養のお勤めを済ませてお茶を頂きながらお話をしていますと、『和尚さん今日何かが違う事に気づきましたか?』と聞かれました。『私も今日は何かが違うような気がしたのですが、何が違うのでしょうか。』とお答えさせて頂きながら辺りを見回しますと、一枚の写真が目に留まりました。それは無くなった娘さんのお写真でした。もともとそこには亡くなる直前の闘病中の表情をおさめた一枚の写真があったところですが、この日は御病気をされる前の綺麗にお化粧もして、髪もセットし、お気に入りの洋服を着た笑顔の娘さんがいらっしゃいました。

お檀家様は続けて、『娘が亡くなって悲しくて苦しくてどうしようもない時に、アルバムの中にあったこの写真を見た時に、娘がお母さん笑ってと言っている気がしたんです。だから一緒に笑顔でいようと思って。』教えて下さいました。

このお檀家様は娘さんを亡くされて辛かった苦しかった時にアルバムの中で笑う娘さんを見て、心のアルバムに笑顔の娘さんの写真を収めることで前を向き笑顔で過ごそうと思われたのではないでしょうか。

様々な縁起に囲まれて生きていく私達ですが大切な事はその縁をどの様に受け止めてどの様にいきていくのかなのです。私たちが精一杯生きる今この瞬間には、過ぎ去った過去はすでに無く、未来もまだありません。私たちが実際に存在し、変えられるのは現在(いま)の自分だけなのです。現在(いま)この時に心を込めて精一杯生きることが、結果として自らの過去も未来をも良きものとするための唯一の道となるのです。

 

心の中のアルバムに一枚ずつ素敵な写真を増やしながらこれからの一日一日を精一杯過ごして参りましょう。