『雨から気付く、身勝手な自分』
「シェーシェーシェーシェー」さて、何の鳴き声でしょうか?そうです、クマゼミです。今年しっかりと鳴いたのを我がお寺で観測したのは7月12日でした。「梅雨が明けましたよ」と元気にお知らせしてくれたのでしょう。今年の梅雨は台風の影響からか、特によく雨が降ったように思います。「毎日ジメジメしていて、洗濯物も乾かないから嫌ですよね~」と、お寺に来られるお檀家さんと、毎日のように会話をしておりました。魚釣りをされる男性の方は、「雨が降ると、1週間は水が濁って、魚が釣れんから嫌じゃがね~」とおっしゃっておりました。
さて、4カ月前を振り返ってみましょう。3月末頃は、逆に一向に雨が降らない日が続きました。私はランニングをするのが趣味でして、その頃走っていると、左手を流れる川は川幅が狭まり、また一方で右手に広がる田んぼは水を欲しているようでした。
その頃は全国的にも雨が少なく、あの大槌町の山火事もありました。「どうか雨が降ってほしい」という多くの願いが連日ニュースから伝わってきました。
雨が降り続けば雨を嫌い、逆に雨が降らないとなれば、雨を願う。我々人間とは誠に勝手な生き物です。
仏教では、その自分本位な心を我の欲と書いて「我欲」といい、煩悩の一つとして説かれます。
私たちは、どうしても自分の都合を中心に物事を見てしまいます。けれども、それは決して特別なことではありません。誰しもが持っている心です。大切なのは、その心に気付くことです。「ああ、自分は勝手なものだな」と、まず自分自身を見つめてみる。そこから一歩を踏み出していくのが、仏教の生き方ではないでしょうか。
「ああ、自分は勝手だなあ」と気付けば、自然に反省が生まれ、そして「少しでも周りを思える自分でありたい」という小さな誓いの灯がともります。普段の生活の中で、「自分の都合ばかり考えていたな」と気付く場面があれば、そのたびに自分を見つめ直し、また一歩、歩み出していきたいものです。

