小欲と多欲
令和7年度の始めに曹洞宗管長様が「今年の曹洞宗はこのように過ごしていきましょう」というお言葉を全国に発信されております。
その中の言葉に「和合調和を乱すのはいつの世も人間の我利・我欲、すなわち貪り(自分本意な考え)であります。その貪りこそが苦悩の源であり、対立闘争の根源なのです。」とありました。
今の時代は多くの考え方や価値観が蔓延しております。
これにより自分の主張が行いやすくなったという良い反面、欲と欲がぶつかってトラブルとなる事も増えているような気が致します。
仏の教えに「少欲」というものがあります。
少欲とは欲を少なくすると書いて、その意味は先に生じてしまう、多欲となる部分を少なくしていきましょう、抑えていきましょうという事。
多欲とはどういうものなのか、生きていく上で必要なもの、身体の為に必要なものは多欲とは言いません。
必要以上に欲しがる、余計なものまで欲しがる、これが多欲です。
車を運転していますと、時には気付かぬ間にスピードが出過ぎてしまう事もあります。
急いでいる時、お出掛けが楽しくて仕方のない時、赤信号に停まりたくない時、ついついハンドルを握る手アクセルを踏む脚に力が入ってしまい、いつの間にかスピードを出しているという事もあります。
けれども法定速度は守らなければなりません。
その自分の欲によって法定速度を超えてしまった分の速さ、この部分が多欲という事になります。
法定速度を超えて走行するとどうなるか、前の車に直ぐに追い付いてしまいます。
「ああああ遅いな~、早くどこかそれてくれないかな~、ああやっとどいた、ま~た前に遅い車が」
けれども前の車はノロノロ運転をしているわけではなく、ただ法定速度を守った運転をしているだけですよね。
その時に自分の中に「少しでも早く行きたい」という欲があったが為に、たったこれだけの事でイライラして心を乱されてしまう事にもなってしまいます。
あおり運転が社会問題となっておりますが、こういった欲から怒りが湧いてまいり、和合調和を乱す原因となってしまいます。
また自分が法定速度を守っていて後ろから煽られた場合はどうでしょう。
「自分は間違っていない、自分は法定速度を守っているんだから自分が正しい、正しいのだから譲る必要はない」
その気持ち、よく分かります。
けれども、譲れるものなら譲ってみては如何でしょうか。
きっと気持ちが楽になるのではないのでしょうか。
「自分は正しいんだ、自分が、自分が」そう思う事は必要な欲にも思えますが、実は多欲となるのです。
先を譲ったあなたの心の中にあるのは、悪い行いに屈した敗北感ではありません。
あなたの心の中には穏やかな仏の世界がただ広がっている事でしょう。
「お先にどうぞ」
このように周りに対して思いやりの心を持つ事、そしてその行いが少欲という仏道修行にも繋がるという事でございます。
それは更なる和合調和を形成していくものであります。

