「日々是好日」

禅の教えに「日々是好日」という言葉があります。
それは、雨の日も晴れの日もいろんな一日があるがどんな一日も素晴らしい一日だ。という意味です。
これを聞いて皆さんはどう感じますか。
私は七年前にこの言葉を知り、正直「そんなわけないだろう」と思った事を覚えています。大切な人を失った日はとても悲しく深く記憶に刻まれる一日になりましたし、何にもせずにゴロゴロと寝て過ごして記憶にも残ってない一日もあります。
そこには明確な良い日と悪い日の違いがありました。ですから全てが素晴らしい日だと言われてもそんなわけ無いだろうと思っておりました。

ただ最近この言葉を今一度考え受け入れられそうな感覚があります。
その感覚の変化は、毎朝起きて、今日はこれをしようと思える様になってからです。それまでは毎朝今日はこれをしなくちゃいけないと焦りや気だるさを感じる事が多かった気がします。
私は五年前に住職として歩みはじめました。当時は慣れない初めての仕事に余裕がなかったのでしょう。
また私は絵を描く事が好きでたまに暇がある時は絵を描きます。住職になりたての頃から三年ほどは絵を描く余裕もありませんでした。
それがだんだんと仕事にも慣れてきて日々の生活に少しの余裕ができるようになり、今は少しずつ絵を描く時間も出来始めてきたところです。絵を描く時は誰とも会わずに一人で数時間絵の前で自分の絵と向き合う時間がありますがそういう時にいろんな事を考えます。例えば今日出会った人や、出来事などです。

夜にアトリエで一人でただ座って絵を眺めていると、ふと自分はここまでよく生きてきたなと思う時があります。そう思える様になってからは、これまでの一日一日全てがあったからこそ今の考え方があるのだなと受け入れる事ができました。

はじめにお話ししたように、いい日も悪い日もありますが、そのどこか欠ければ今は無かったのかもしれません。だからこそまた新たな一日が始まれば全力で後悔のないようその日を過ごしたいです。

このように「日々是好日」とは、私たちが今日一日をどう生きるかを説いた教えです。

よく「今を大切にしましょう」と耳にされると思いますが、過去の記憶や未来の予想が邪魔をして今を見失う事があります。そんな時こそ一度止まって静かに考えてみましょう。

ただ実際に存在しているのは目の前にある今日一日の今だけです、過去や未来を考えすぎて振り回される前に、目の前にある現実を見つめてその一日を一生懸命生きましょう。そして眠る前に「今日も一日よく生きた」と自分に感謝しましょう。
この積み重ねが、最後に「いい人生だった」と思える生き方につながるはずです。