「感謝は幸福の始まり」

これは私の師匠のお寺お檀家様 T様との思い出です。
そのお檀家様 T様のご家庭には私が中学生の頃から
毎年のようにお盆参りにお伺いさせて戴いておりました。
そのT様はご主人とお二人暮らしで、
隣に息子さん夫婦が別に家を建て、暮らしておりました。

ある年のお盆参りのことでした。
そのT様のご自宅にお伺いをし、ご供養の後にT様と雑談をしていると
T様はご自身が今、難病を抱え、定期的に大学病院に通われていることを話されました。
去年に比べ、やせ細り、声は震えていました。
うすうす、病気ではないかとは思っていましたが、難病と聞くと言葉をなくします。
どのような言葉をかけたらよいのか必死に頭を廻らしている時に
T様が予想外の言葉を私に告げられました。
「私は今、幸せです」
その言葉に唖然とする私。そんな私にT様は続けて、こう語りかけます。
「私の主人は和尚さんもご存知の通り、亭主関白でそりゃもう、嫁いで何十年、
家事なんて手伝ってくれたこともありませんでした。
でも、私が病気になってから、掃除を手伝い、毎食後、
食器を洗ってくれるようになったんです。 隣に住む息子も病気になる前は、
隣に住んでいてもなかなか話ことがなかったんですが、
今は大学病院に通う際に送り迎えをしてくれるんです。
その往復二時間、ゆっくりとあれこれ、話ができるようになったんです。
私は今、とっても幸せです。」嬉しそうにお話するT様。
今でも時折、T様の笑顔とその言葉を思い出します。

ある年の三月十一日 東日本大震災の慰霊式典の様子がNHKで中継されていました。
震災で中学生の息子さんを亡くされた女性がインタビューを受けていらっしゃいました。
あるタレントさんが
「 震災から何年も経ちますが今もさぞ、辛く、
苦しんでいらっしゃるんでしょう」と尋ねます。その方は
「いえ、今、とっても幸せです。」と笑顔で応えられました。
予想外の言葉に目をまんまると見開くタレントさんとテレビを観ていた私。

女性は
「震災直後は、悲しみのどん底で自分は世界で一番不幸な人間だと絶望していました。
でも、ボランティアの方を始め、いろんな方々のお陰でこの悲しみを乗り越えることができました。
震災を通して、全国の方と知り合う事が出来、沢山のお友達もできました。
この震災でご支援下さった全国の皆様には感謝、感謝です。」と応えられていました。

私が今、不幸であるならば、きっと亡くなった息子も悲しんでいる。
私が苦難を乗り越え、前を向いている姿を息子は喜んでくれているはずだ。
その女性の答えにはこんなメッセージが込められているように感じました。

僧侶の資格をもつ認知科学の専門家のお話ですと、人間の記憶は非常に曖昧で、
私たちが体験する出来事も不幸だとすり込んでいくと不幸な記憶として残り、
幸せだとすり込んでいくと幸せな記憶として残る傾向にあるそうです。
ですので、些細なことにも感謝の気持ちを持って生活されている方は、
満ち足りた気持ちで毎日を送ることができ、辛い体験をしても乗り越えることができるそうです。

感謝は幸福の始まりです。

 

 

 

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